1948年の天北栄・前編

天北栄の全体図

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2万5千分の1地形図「小頓別」(昭和31年測量)を約1.3倍に拡大。
図1・中頓別町字栄と字小頓別周辺。天北線(当時は北見線)沿いを栄川が流れる。天北峠は未改良。2万5千分1地形図「小頓別」(1956年測量)を約1.3倍に拡大。画像のサイズは724ピクセル×436ピクセル。

天北栄仮乗降場周辺

中頓別町字栄の空中写真。昭和23年5月7日、米軍撮影(縮小使用)。
写真イ。赤・青(図1▲で家屋の記号がある場所)で囲んだ部分は、拡大写真を掲載。右下(赤・写真ロ▼)は天北栄仮乗降場付近。踏切から先、道路沿いに右から、写真ハ▼写真ニ▼写真ホ▼。右上(赤・写真ヘ▼)に分岐点がある。道路沿いに右から、写真ト▼写真チ▼
国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より。
写真A・1977年9月25日撮影。写真イ▲から約30年後の中頓別町字栄。建設中の林道が見える。国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より引用。解像度 400dpi の写真をトリミング。縮尺は1万5千分1。
国中頓別町字栄の空中写真。昭和23年5月7日、米軍撮影。
写真ロ。天北栄仮乗降場は未開設のようだ。
中頓別町字栄の空中写真。昭和23年5月7日、米軍撮影。
写真ハ。大きい建物は、学校の分校かも?
中頓別町字栄の空中写真。昭和23年5月7日、米軍撮影。
写真ニ。写真ハよりも奥。周辺は畑だろうか。
中頓別町字栄の空中写真。昭和23年5月7日、米軍撮影。
写真ホ。栄地区最奥部にある家屋。

写真ロから、天北栄仮乗降場の開設は1948年以降1956年までの間に絞られます。写真ハの右側に見える建物は集落で最も大きく、小頓別国民学校栄分校として使われたのかもしれません。

天北栄仮乗降場よりも奥の道路沿いは意外と開けており、入植者が畑作を試みたと考えられます。

次の写真は、栄川の支流に沿う道への分岐点です。道路沿いに、建造物らしき物体が認められます(写真チ写真ト)。

写真イの一帯に居住者がいたのは、ほぼ間違いないでしょう。

空中写真について
写真Aを除く写真イ~写真トは、国土地理院が保有する米軍撮影の空中写真を使用しました。1948年5月7日撮影。
中頓別町字栄の空中写真。昭和23年5月7日、米軍撮影。
写真ヘ。栄川と支流との合流点。太い二本の線は天北線。
中頓別町字栄の空中写真。昭和23年5月7日、米軍撮影。
写真ト。栄川支流の道路沿いに見える建物。
中頓別町字栄の空中写真。昭和23年5月7日、米軍撮影。
写真チ。栄川支流の最奥部にある建造物。