1級道路と2級道路について

市町村道の1級と2級

市町村道に、1級と2級の別があることは承知しております。

後日更新する予定です。

道路構造令における等級

道路構造令(1970年10月29日公布)では道路をまず4種に分類し、種別により最小2・最大5の等級に分けます。車線や路肩の幅員・勾配・曲線半径など、道路の構造を等級別に定めます。種別と等級については、道路構造令・種別と等級をご参照ください。

名称の概要

表題の「1級道路・2級道路」は、第二次大戦後間もない時期(旧道路法時代)に存在した名称です。しかし、北海道内道路網の礎ともなった名称なので、特に本稿で記述しました。

本稿で述べるのは、法に基づく名称ではありません。

旧道路法下の国道・道道(地方費道・準地方費道)を複数組み合わせ、1本の単位にしました。あくまで正式名称は国道○号であり、道道(地方費道・準地方費道)○号××線なのです。

1948(昭和23)年9月に道庁が取りまとめた「北海道総合開発計画書」に、1級道路・2級道路の用語が出てきます。その定義は次の通りです。

上記計画書は、政府の経済安定本部に設置した地方開発協議会で審議されるも採択されませんでした。つまり、国の計画として実施されずに終わった。

けれども道路整備において、1級道路・2級道路はその前年度から用いられていたようです。『昭和22年度 北海道開発事業概要』(1951年・北海道開発局)には、以下の記述があります(『北海道道路史 3 路線史編』29ページより引用)。

幹線道路の荒廃に鑑み、国道及重要幹線道路を一級道路とし、之に準ずる地方幹線道路を二級道路として、これらの道路中交通不能区間で輸送上甚だしく隘路となっている箇所の改良工事を行なった。

その後も、1級道路・2級道路のルート上にある国道・地方費道・準地方費道を重点的に改良します。

費用は言うまでもなく、国の負担です。

現行道路法の施行に際し、1級道路・2級道路の多くが1級国道・2級国道に指定されました。残る路線は道道(開発道路)となり、そのほとんどがのちに国道へ昇格しています。

路線一覧

凡例

『北海道道路史 3 路線史編』(北海道道路史調査会編)31ページ所収の表を参考に作成しました。

市町村・地名は当時のものです。

なお『北海道地名大辞典』(角川書店刊)等を参照し、次の点を変更しました。

  • 明らかに誤りと認められる地名は修正した。誤字・脱字以外は脚注で原典の地名を表記し、説明を補足した。
  • 現在使用されていない地名について、脚注で説明を補足した。脚注に限り、市町村名の変更に関する説明も加えた(平成の大合併は省略)。
  • 経過地は、原典を基に追加・削除した。

現路線のうち、○○号は国道、○○線は道道です。国道番号の変更や、道道(開発道路)から国道へ昇格した経緯は省略しました。

1級道路・2級道路一覧表(1947年4月1日現在)
起点終点経過地現路線
11札幌市北3条西5丁目 注1▼函館市東浜町 注2▼小樽市、倶知安町、長万部町5号
12札幌市北1条西4丁目旭川市4条8丁目岩見沢市、滝川町12号
13室蘭市海岸町岩見沢市1条東1丁目苫小牧町、安平村36号・234号
14旭川市4条8丁目宗谷郡稚内町大字稚内村字開運通3丁目 注3▼名寄町、常盤村、天塩町40号
15空知郡滝川町字材木通北3丁目 注4▼根室郡根室町花咲港富良野町、帯広市、釧路市38号・44号・花咲港線
16旭川市4条8丁目根室郡和田村大字厚別村字厚床 注5▼上川村、遠軽町、佐呂間村、留辺蘂町、北見市、美幌町、弟子屈村、別海村39号・333号・留辺蘂浜佐呂間線・243号
17山越郡長万部町室蘭市(輪西分岐点) 注6▼虻田町、伊達町37号
18札幌市南1条西4丁目勇払郡苫小牧町字植苗千歳町36号
21函館市万代町余市郡余市町大字大川町木古内町、松前町、江差町、瀬棚町、寿都町、岩内町、神恵内村、入舸村野塚228号・229号
22札幌市北3条東1丁目天塩郡天塩町字山手通石狩町、浜益村、留萌町231号・232号
23宗谷郡稚内町大字稚内村字ウエンナイ 注7▼野付郡別海村大字厚別村(奥行臼) 注8▼猿払村、枝幸村、紋別町、佐呂間村、網走市、斜里町、標津村238号・244号
24勇払郡苫小牧町錦町帯広市石狩通3丁目 注9▼浦河町、幌泉村、広尾町235号・236号・336号
25函館市若松町茅部郡森町字御幸町 注10▼戸井村、椴法華村、鹿部村278号
26函館市追分町檜山郡泊村大字田沢村 注11▼大野村、厚沢部村227号
27山越郡八雲町大字八雲村字砂蘭部 注12▼瀬棚郡東瀬棚村字東瀬棚 注13▼利別村277号・八雲北檜山線・八雲今金線・230号
28札幌市豊平3条6丁目虻田郡虻田町字入江豊平町、喜茂別村、洞爺村(453号?)・230号
29岩内郡小沢村宗助街道 注14▼虻田郡喜茂別村倶知安町、京極村276号
210札幌市北3条西4丁目雨竜郡沼田村梅の沢 注15▼当別村、月形村、浦臼村、雨竜村275号
211空知郡音江村字音江 注16▼留萌郡留萌町深川町、秩父別村、沼田村233号
212上川郡士別町字士別 注17▼苫前郡苫前村字三豊温根別村、幌加内村239号
213枝幸郡頓別村浜頓別中川郡常盤村字音威子府中頓別村275号
214上川郡名寄町大通3丁目 注18▼紋別郡興部村(市街分岐点)下川村、西興部村239号
215紋別郡上湧別村常呂郡留辺蘂町遠軽町、生田原町242号
216網走市字大曲釧路市大楽毛 注19▼美幌町、津別町、阿寒村39号・240号
217釧路郡釧路村字別保 注20▼標津郡標津村(市街分岐点)標茶村、中標津村391号・中標津標茶線・272号
218帯広市石狩通3丁目 注9▼川上郡弟子屈村士幌村、足寄村、阿寒村241号
219上川郡神楽村字神楽町 注21▼空知郡富良野町本通南1丁目 注22▼美瑛町、上富良野村237号
220空知郡東山村 注23▼沙流郡門別村富川町占冠村、日高村、平取村237号
注1
北海道庁赤れんが庁舎正門前。
注2
1965(昭和40)年より、末広町の一部。
注3
1897(明治30)年、開運通北1~5丁目、開運通南1~4丁目の通称字を設置。通称字を廃止し、現在の町名に改めたのは1970(昭和45)年4月1日。現国道終点の中央3丁目・稚内駅前は開運通北3丁目であったことから、北である可能性が高い(南は、現在の中央4丁目)。稚内市中心部の一般国道40号は、都市計画道路名を開運通という。稚内町は、1949(昭和24)年4月1日に市制施行。
注4
1900(明治33)年、材木通北1~4丁目の字を設置。指定当初の1級国道38号線の起点が材木通北3丁目であることから(1953年3月13日の建設省告示第272号)、現在の滝川市大町付近ではないか。滝川町は、1958(昭和33)年7月1日に市制施行。
注5
厚別村は「アツウシベツムラ」と読む。和田村と根室町は、1957(昭和32)年8月1日に合併し根室市となる。1967(昭和42)年1月1日、大字を廃止して根室市厚床となる。
注6
現在の東町かと思われる。
注7
現在の稚内市潮見。
注8
厚別村の読み方は注5と同じ。別海村は1971(昭和46)年4月1日に町制施行。翌年の1月1日に大字を廃止。現在は奥行。
注9
昭和初期には石狩通の字名があった。帯広市中心部の一般国道38号は、都市計画道路名を石狩通という。帯広市中心部の町名は1937(昭和12)年より、大通南北×丁目・東西○条南北×丁目に変更されている。現在の国道交点(38号・236号・241号)を考慮すると、大通南北の1丁目か。
注10
『北海道道路史』では「柳原」とある。柳原は1939(昭和14)年の字名改正まで、大字森村の小字。
注11
現在の江差町字田沢町。檜山郡泊村は1955(昭和30)年2月11日、江差町と合併。
注12
砂蘭部は「サランベ」と読む。1956(昭和31)年5月1日の字名改正で大字・小字ともに廃止。開発道路指定のルートを考慮すると、現在の本町か。
注13
現在の久遠郡せたな町北檜山区北檜山。東瀬棚村は1953(昭和28)年10月1日に町制施行後、1955年4月1日に太櫓村と合併して北檜山町と改称した。経過地にある利別村は、1947年10月1日の町制施行の際、町名を今金に改めた。
注14
どの辺りを指すのか不明。小沢村は発足村・前田村と合併して共和村となり(1955年4月1日)、1971年4月1日に町制施行。
注15
「字梅の沢」という字名はなく、現在の沼田町字北竜に含まれる。五ヶ山模範牧場の近くに、梅の沢貯水池がある。沼田村は1947年7月1日に町制施行。
注16
『北海道道路史』では「音江法華」。明治時代はそう呼ばれていたという。1963(昭和38)年5月1日、音江村・深川町・一已村・納内村が合併して深川市となる。現在は深川市音江町音江(1・2丁目と字音江がある)。
注17
『北海道道路史』では「5丁目」。現在の国道交点(40号・239号)を考慮すれば、大通西ではないか。現在の町名は、市制施行時に決められた。多寄村・士別町・上士別村・温根別村の合併による士別市の成立は、1954年7月1日。
注18
名寄市大通は北と南がある。1953年4月1日に道道名寄紋別港線を開発道路に指定した際は「大通南3丁目」、2級国道網走留萌線指定時の40号交点は「大通南1丁目」。名寄町は、1954年8月1日に智恵文村と合併。1956年4月1日に市制施行。
注19
『北海道道路史』では「白糠村大楽毛」。
注20
『北海道道路史』では「別保川尻」とあり、どの辺りを指すのか不明。釧路村の町制施行は、1980(昭和55)年4月1日。
注21
現在の旭川市神楽。起点は、神楽4条4丁目ではなかろうか。神楽村は1954年11月1日に町制施行後、1968(昭和43)年3月1日に旭川市と合併。
注22
通称字ではないかと思われる。詳細は不明(当時の富良野市街には字がなかった)。
注23
『北海道道路史』では「西達布橋付近」とある。ただし、橋の位置は不明。東山村は1956年9月30日に富良野町と合併した。1966(昭和41)年5月1日、富良野町・山部町が合併して富良野市となる。
参考文献
  • 『北海道道路史 1 行政・計画編』『北海道道路史 3 路線史編』(北海道道路史調査会編)
1級道路・2級道路については、行政・計画編の264・265ページ、路線史編の28ページから32ページで記述しています。