昔のヘキサはおにぎりだった?

ファビコンの由来

本サイトを訪れてくださる方の中には、Favicon.ico の形が何を意味しているのか、疑問に感じた方がいらっしゃるかもしれません。その由来についてお話しします。

1970年代の中ごろ、昭和でいえば40年代後半から50年代前半にかけての記憶です。筆者が保育園から小学校に入学した頃でした。

図1。記事公開時に記憶していた標識の形を図化しました。
図1・正おにぎり型道道標識を記憶と目撃情報をもとに画像化した。

道道を示す標識が、ヘキサとも呼ばれる六角形ではなく、国道番号の標識を逆さにした形だったのです。まさに正おにぎり型で、色は濃紺でした。

この標識は、整理番号(路線番号)を表示しません。

古びた印象を基に、図形化したのが図1です。その後の目撃情報も参考にしました。文字の位置やフォントなど、忠実には再現しない点をお断りしておきます。

目撃した記憶があるのは、次の道道です。

  • 智恵文美深線(名寄市字智恵文の一般国道40号交点付近)
  • 板谷恩根内停車場線(現・美深中川線。美深町字恩根内の旧一般国道40号交点付近)
  • 小頓別停車場線(中頓別町字小頓別の道道浜頓別音威子府線【現・一般国道275号】交点付近。小頓別停車場線と頓別川を参照)
5万分の1地形図「恩根内」(昭和45年編集。約2倍に拡大)。
図2・旧恩根内大橋の周辺。5万分の1地形図「恩根内」(1970年編集)を約2倍に拡大。

余談ですが、美深町字恩根内の旧国道とは現・恩根内大橋が開通する以前で、恩根内の市街地を通り、当時国鉄の宗谷本線を渡る踏切がありました。

標識を見た地域が偏っています。当時は、宗谷地方の中頓別町に住んでいたからです。ちよっとした買い物へは、名寄まで出かけたものでした。

ヘキサ型の都道府県道番号標識は1971(昭和46)年に追加されました。とすると正おにぎり型標識は、それ以前から北海道独自で使われていたかと考えられます。もっとも全道で使われたのか、旭川・稚内の土木現業所(現・建設管理部)管内限定で使われたのかは定かでありません。昭和50年代初めでも見られたことは、ヘキサ型標識への更新が遅れていたといえます。智恵文美深線の認定は1972年であり、新標識がまだ普及していなかったかもしれません。

本稿公開前に、インターネットで色々と検索したところ、正おにぎり型道道標識に触れた文書は見つかりませんでした。おそらく中高年齢層の方でなければ、脳裏に残っていないのでしょう。

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最初にいただいた情報をもとに、生きている正おにぎり型道道標識を公開しました。

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