晩成から晩成まで-ホロカヤントー線・後編

国道・道道のルート改良

図1について
  • ズームアウトは初期画面より1段階まで。
ルートの色分けは次のとおり。
  • ホロカヤントー線認定時のルート。
  • ピンク-1991年に町道から昇格した区間。
  • ベージュホロカヤントー線の旧ルート。
  • -国道とホロカヤントー線の重複区間。
  • -一般国道336号の旧道。

図1。ホロカヤントー線と周辺のルート。マーカーをクリックすると、該当地点の情報を表示します。 初期画面へルートの色を消すルートの色を表示認定時のルートを拡大現ルートの改良区間を拡大C地点を拡大

ホロカヤントー線の現ルートは、道道昇格後に改良されました。起点周辺と、変化が明確に識別できる3か所を、新旧地形図を交えてご紹介します。

晩成温泉

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5万分の1地形図「忠類」(昭和53年編集)を約2倍に拡大。
図2。ホロカヤントー線の旧起点は、南七線と二号が交わる位置にあった。5万分1地形図「忠類」(1978年編集)を約2倍に拡大。
5万分1の地形図「忠類」(平成14年修正)を約2倍に拡大。
図3。晩成温泉は1980年に開業した。沼地・湿地がやや縮小している。神社手前の分岐点が現在の起点。5万分1地形図「忠類」(2002年修正)を約2倍に拡大。
国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より。
写真A・1977年9月22日撮影。晩成温泉は開業前である。国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より引用。解像度 400dpi の写真をトリミング。縮尺は1万分1。

認定当初の起点は地形図で「二号」と書いている、町道晩成2号線交点にありました。晩成温泉へ通じる町道湯の里線のうち、生花苗沼へ行く道と分かれる地点までが、1991年10月にホロカヤントー線へ編入されます。昇格する以前に、晩成温泉開業後の1981年度に改良されています。また現ルートとは反対に西へ向かっていた旧ルートは、1980年代に改良工事が行われ、完了しています。

晩成温泉の調査は1973年から始まり、1974年10月~1975年2月に深度 700m のボーリングを実施します。その結果、温泉の湧出が確認されました。1995年には、温泉施設そばで新たなボーリング(深度 700m)を行いました。

依田橋

5万分の1地形図「忠類」(昭和53年編集)を約2倍に拡大。
図4。生花苗川に架かる依田橋付近。十字路を直角に曲がるルートだった。5万分1地形図「忠類」(1978年編集)を約2倍に拡大。
5万分1の地形図「忠類」(平成14年修正)を約2倍に拡大。
図5。依田橋の位置が変わり、直線化された。2003年にも南二線東側のカーブが直線化されている。5万分1地形図「忠類」(2002年修正)を約2倍に拡大。
国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より。
写真B・1977年9月23日撮影。旧依田橋付近。国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より引用。解像度 400dpi の写真をトリミング。縮尺は1万分1。

ホロカヤントー線最大の改良は、生花苗川を渡る依田橋(よだばし)の架け替えでしょう。

全長 70m の旧橋は1968年完成で、幅員が 5.0m と狭く、歩道も設置されていませんでした。また十字路で直角に曲がるルートだったため、一時停止が必要でした。1993年に発生した釧路沖地震では橋脚が損傷し、最も大きな被害を受けた橋梁とされています(注1▼)。

諸問題を解消するため、を解消するため、全長 78m の新橋が建設されました。車道の幅員は 6.0m を確保し、ホロカヤントー方向車線に歩道を設置しました。橋は1999年に完成し、ルートを三角形の一辺を短絡するよう改め、2001年より供用を開始しました。

図1▲の緑(地図表示)またはベージュ(航空写真・ラベル表示)で示した区間はそれぞれショートカットされ、生花市街に近い九号の西側は1997年に、依田橋南側の南二線付近は2003年に切り替えられています。

注1
鈴木秀晴・那須誠「釧路沖地震における道路橋被害と地盤の関係」(土木学会第60回年次学術講演会。2005年9月)

生花新橋・旧国道

5万分の1地形図「忠類」(昭和53年編集)を約2倍に拡大。
図6。ホロカヤントー線の一部は旧国道だった。5万分1地形図「忠類」(1978年編集)を約2倍に拡大。
5万分1の地形図「忠類」(平成14年修正)を約2倍に拡大。
図7。一般国道336号が全面的に改良されている。5万分1地形図「忠類」(2002年修正)を約2倍に拡大。

生花苗川を渡る生花新橋の架け換えは1997年です。1966年完成の旧橋は幅員が 4.0m しかなく、ボトルネックといってもよい箇所でした。

国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より。
写真B・1977年9月23日撮影。画面中央で南へ向かう道路は当時、一般国道336号だった。右に見えるのが生花新橋。国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より引用。解像度 400dpi の写真をトリミング。縮尺は1万分1。
道道ホロカヤントー線のデータ
認定日1976(昭和51)年3月31日
起点広尾郡大樹町字晩成2番3地先
終点広尾郡大樹町字晩成330番地先
備考一般国道336号上に終点がある。

生花市街南方の国道切り替え工事は1983年5月から行われ、1985年12月25日より供用を開始しました。当時は砂利道で、1988年から1989年の間に舗装化されています。旧道は町道生花幹線へ降格しました。

ナウマン国道とも呼ばれる一般国道336号(広尾町字豊似-浦幌町字共栄)は昇格当時、大半が未舗装・未改良でした。本格的に改良の手が入ったのは1980年代を迎えてからです。

1990年4月10日発行の『ミリオンデラックス 北海道道路地図帖』(東京地図出版刊)は、一般国道336号について「歴舟川を渡ると旅来まではほとんどダートだが道巾は広い。」表現しており、かつての状況がうかがい知れます。実際は1990年時点で舗装化がほぼ完了していました。

ホロカヤントー線は、20世紀末から21世紀初頭に改良され、快適な道路となりました。終点は図1▲のC地点で(ストリートビューで見る)、スノーポールから分かれる小道は旧国道の跡です。

関連する告示

道道ホロカヤントー線

1997年2月21日北海道告示第228号(道路の区域の変更及び供用の開始)
区間変更前後の別敷地の幅員延長国道等との重複区間
広尾郡大樹町字生花193番1地先から
広尾郡大樹町字生花427番4地先まで
6.00m から 19.60m まで2,274.85m
同上11.00m から 43.20m まで2,197.47m
告示注
  • 生花市街に近い九号西側(図1▲では一番上の箇所)のルートを切り替え、生花新橋を架け換えた。
2001年9月18日北海道告示第1587号(道路の区域の変更及び供用の開始)
区間変更前後の別敷地の幅員延長国道等との重複区間
広尾郡大樹町字生花181番1地先から
広尾郡大樹町字生花193番1地先まで
前17.00m から 22.00m まで899.00m
同上前213.00m から 54.00m まで634.81m
同上後213.00m から 54.00m まで634.81m
告示注
  • 依田橋を架け替えに伴い、ルートを切り替えた。
  • 旧橋は解体され、現存しない。
2003年12月2日北海道告示第2050号(道路の区域の変更及び供用の開始)
区間変更前後の別敷地の幅員延長国道等との重複区間
広尾郡大樹町字生花176番2地先から
広尾郡大樹町字生花181番1地先まで
前112.50m から 23.70m まで573.59m
同上前219.20m から 43.20m まで496.59m
同上後219.20m から 43.20m まで496.59m
告示注
  • 依田橋南側のカーブが緩和された(図1▲では一番下の箇所)。
  • 現ルートは依田橋を架け替えた告示とともに、1998年12月11日の北海道告示第2108号より編入され、改良工事が行われた。

一般国道336号

1985年12月25日建設省告示第1890号(道路の区域の変更)
区間広尾郡大樹町字生花988番から 同町字生花539番12まで
変更前後別敷地の幅員延長
前A6.50m ~ 30.00m3.054km
前B9.50m ~ 66.00m2.677km
後B9.50m ~ 66.00m2.677km
備考上記A及びBは、関係図面に表示する敷地の区分をいう。
1985年12月25日建設省告示第1891号(道路の供用の開始)
区間供用開始の期日
広尾郡大樹町字生花402番から 同町字生花539番12まで昭和60年12月25日
告示注
  • 「字生花402番」は現ルートと旧道の分岐点を、「字生花539番12」は生花大樹線交点を指す。
参考文献
  • 『十勝平野南部地域地質図及び説明書』(十勝支庁農業振興部。2001年3月発行)