ルートの劇変・貰人姉別原野線

起点は東へ、終点は西へ

貰人姉別原野線の起点位置は、浜中町の貰人(もうらいと)ではなく恵茶人(えさしと)にあります。

では、なぜ路線名に「貰人」を冠しているのか。

認定当初の起点が、貰人だったからです。

図1について
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図1・浜中町東部と根室市西部の地図。青色・紫色は変更前の貰人姉別原野線。赤色は現ルートを表す。マーカーをクリックすると、該当地点の情報を表示します。 浜中町貰人を拡大JR姉別駅周辺を拡大初期画面へ

図1でご覧の通り、当初と現在では起点・終点・途中のルートが全く異なります。新旧ルートが重なるのは、JR姉別駅前から根室本線(花咲線)を姉別踏切で渡った直後のT字分岐まで。約 400m に過ぎません。別の路線といっても過言ではないでしょう。

認定当初は、E地点とD地点を結ぶ路線でした(海沿いを表示▲)。写真A▼ではC地点への道路が建設されておらず、おそらく認定後に事業化され、改良されたのでしょう。

C地点へ起点位置を切り替えた時点で、現ルートの昇格は内定していました。そして1年9か月後の1994年4月、ルートを全面的に変更したのです。

変更は現ルート改良のためと考えられます。残存していた未舗装区間が、現在は解消されました。

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道道貰人姉別原野線のデータ
認定日1980(昭和55)年3月31日
起 点厚岸郡浜中町恵茶人205番地先(道道根室浜中釧路線交点)
終 点厚岸郡浜中町姉別南1線130番地先(一般国道44号交点)
備 考沿線一帯はかつて大字後静村に属していた。
貰人・恵茶人は、2005年6月27日に字名地番改正を実施。
姉別周辺の字名地番改正は2001年6月25日。
1.5車線区間が起点から約 1.9km 続き、根室市西厚床にも1.5車線区間が約 400m 存在する。全線舗装済み。
5万分の1地形図「霧多布」(昭和58年修正。約2.3倍に拡大)。
図2・1980年代前半の地形図。この間に旧道道が建設されたと分かる。5万分1地形図「霧多布」(1983年修正)を約2.3倍に拡大。
国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より。
写真A・1978年10月7日撮影。貰人小中学校の西側を通る道路は未着手である。併設の中学校は1993年に中学校を閉校し、1996年に新校舎が完成した。国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より引用。縮尺8千分1・解像度 400dpi の写真をトリミング・縮小。

関連する告示(道道貰人姉別原野線)

1992年7月14日北海道告示第1110号(道路の区域の変更及び供用の開始)
区間変更前後の別敷地の幅員延長国道等との重複区間
厚岸郡浜中町大字後静村字貰人63番1地先(道道初田牛浜中線交点)から
厚岸郡浜中町大字後静村字姉別原野305番27地先まで
10.60m から 36.00m まで4,771.00m道道初田牛浜中線重複 L = 13.70m
厚岸郡浜中町大字後静村字貰人78番1地先(道道初田牛浜中線交点)から
厚岸郡浜中町大字後静村字姉別原野305番27地先まで
14.00m から 44.50m まで4,760.29m道道初田牛浜中線重複 L = 19.96m
告示注
  • 起点を図1▲のE地点からC地点へ変更した。
  • 初田牛浜中線は、根室浜中釧路線の前身にあたる。
  • 貰人-姉別市街の間は、1980年代後半に改良された。
1994年4月8日北海道告示第553号(道路の区域の変更)
区間変更前後の別敷地の幅員延長国道等との重複区間
厚岸郡浜中町大字後静村字貰人78番1地先(道道根室浜中釧路線交点)から
厚岸郡浜中町大字後静村字姉別原野336番5地先(一般国道44号交点)まで
13.00m から 44.00m まで11,157.60m道道根室浜中釧路線重複 L = 19.96m 
一般国道44号重複 L = 16.40m
厚岸郡浜中町大字後静村字恵茶人102番7地先(道道初田牛浜中線交点)から
厚岸郡浜中町大字後静村字姉別原野543番1地先(一般国道44号交点)まで
9.00m から 35.00m まで16,221.10m道道根室浜中釧路線重複 L = 11.50m 
一般国道44号重複 L = 13.20m
告示注
  • 起点を図1▲のC地点からA地点へ、終点をD地点からB地点へ変更し、根室市域も通ることになった。
  • 起点側地名の区域は旧道道より西側が貰人、東側が恵茶人である。
  • 姉別市街からA地点まで、道道に昇格した町道の路線名は「姉別停車場上風蓮停車場間道路」で、A地点を直進して続いていた。「上風蓮停車場」とは、紛れもなく簡易軌道の停車場を指す。ただ浜中町営軌道の開南なのか、別海村営軌道なのかは不明。どのようなルートで「上風蓮停車場」を目指していたのか、興味あるところ。
  • 「姉別停車場上風蓮停車場間道路」は1988年11月17日建設省告示第2219号の雪寒法対象路線指定に名を出しており、区間は「厚岸郡浜中町大字後静村字姉別原野六三〇番から同町大字後静村字姉別原野六二三番一まで」であった。しかしその後に雪寒法の道路を改定した、2013年11月12日国土交通省告示第1102号には路線名がなく、姉別周辺の道道再編時に、町道の区間と路線名を変更したとみられる。
  • 旧道道のうち、JR根室本線(花咲線)より南側が町道姉別市街貰人間道路へ移管された。北側は未調査。

2015年7月中旬・doradounaiさん撮影。終点から起点へ走行。

走行記事(未舗装区間あり)

浜中町の字名改正

関連する告示▲をご覧になって分かるように、現在とは字名・地番が異なります。1997年から2006年にかけて、字名改正事業を行ったからです。

浜中町は榊町(さかきまち)・浜中村・霧多布村・散布村(ちりっぷむら)・琵琶瀬村・後静村(しりしずむら)が1906(明治39)年4月1日に合併し、浜中村となったのが始まりです。その際、旧町村は大字となりました。町制施行は1963(昭和38)年8月1日で、同時に後静村の字姉別原野・字厚床原野の各一部を根室市へ分割しました。

住所を簡明化するため、一世紀にわたって存置してきた大字・小字を順次廃止し、町を設置するのに合わせて、地番も変更します。毎年6月末に施行し、事業完了まで10年を要しました。

詳細な内容は多岐にわたるため、別ページとしました。施行日のリンク先をご参照ください。

表1 浜中町の字名変更の経過
施行年月日主な対象区域備考
1997年6月30日霧多布・湯沸(とうぶつ)地区大字霧多布村を廃止。
1998年6月29日榊町・暮帰別(ぼきべつ)・新川・琵琶瀬(びわせ)・火散布(ひちりっぷ)・藻散布(もちりっぷ)地区大字榊町を廃止。
1999年6月28日茶内地区茶内市街地のみ。
2000年6月26日茶内・熊牛原野・浜中地区
2001年6月25日茶内・姉別地区姉別地区は市街地を含む。
2002年6月24日茶内地区
2003年6月30日円朱別原野・熊牛原野・西円朱別地区
2004年6月28日円朱別原野・姉別地区
2005年6月27日幌戸(ぽろと)・奔幌戸(ぽんぽろと)・貰人・恵茶人地区
2006年6月26日霧多布湿原・琵琶瀬・火散布・藻散布地区浜中村・散布村・琵琶瀬村・後静村の各大字を廃止。