小頓別停車場線と頓別川

屈指の短距離路線

小頓別停車場線は、道路現況調書による総延長が 55m しかありません。全線供用済みの道道では遠別停車場線の 49m に次いで短く、実延長でもベスト3に入る短小路線です(注1▼)。

1970年代はじめまでは、日本通運の営業所が写真1・2のバス待合所の位置に建っており、道道を挟んで向かい側に食堂がありました。いずれも、1971年の歌登町営軌道廃止後に閉鎖したと思われます。1970年当時の写真が『森林鉄道からトロッコまで』(大正出版刊。2005年)の 136 ページに掲載されています。同書の144ページに、旧歌登町内で舗装工事中の枝幸音威子府線(当時は枝幸常盤線)の写真も掲載されていて、当時の道路事情がうかがえます。

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写真1。道道小頓別停車場線の起点から終点を見る。1993年。
写真1。起点より終点を望む。画面右端に見える道道標識は、現在撤去された。前方に見える商店は、2000年ころ廃業し現存しない。1993年5月1日撮影。撮影地 枝幸郡中頓別町字小頓別
写真2。道道小頓別停車場線の終点から起点を見る。2006年。
写真2。終点より起点を望む。旧駅構内は頓別川となり、橋が架けられた。2006年10月5日撮影。撮影地 枝幸郡中頓別町字小頓別

終点付近から見る音威子府方面

写真3。一般国道275号。道道小頓別停車場線終点より音威子府方面。1993年。
写真3。道道終点より音威子府方面。廃屋の右側、歩道に沿って細長く木工場が建っており、1982年まで操業していた。1993年5月1日撮影。撮影地 枝幸郡中頓別町字小頓別
写真4。一般国道275号。道道小頓別停車場線終点より音威子府方面。2006年。
写真4。道道終点より音威子府方面。木工場跡は草木が生い茂り、面影は消えうせた。2006年10月5日撮影。撮影地 枝幸郡中頓別町字小頓別

林業は小頓別の主力産業で、集落には数軒の木材工場が建っていました。それらも姿を消し、現在は一軒を残すのみです。その昔、チップ満載の大型トラックが製紙工場へ走りゆく光景を何度も見かけました。

1965年に730人を数えた小頓別の人口は年々減少し、今では当時の10分の1といわれています。山村留学を実施していた小頓別小中学校は、2009年3月に閉校しました。郵便局と駐在所が健在です。

注1
道路現況調書による小頓別停車場線の実延長は 46m で、42m の遠別停車場線に次いで短い。しかし告示を調べると、3番目に短いとされる栗沢停車場線の実延長が、道路現況調書の 50m より 5m~9m 短い可能性があった。大事な点であり、栗沢停車場線の延長で検証した。

頓別川の水路変更

写真2▲のロータリーの奥に橋が見えます。喜楽橋といい、頓別川の水路変更によって新設されました。

2万5千分の1地形図「小頓別」(昭和57年修正測量。約3.2倍に拡大)。
図1・天北線廃線前。道道の駅前橋を挟んで、国道に架かる左側が落合橋、右側が小頓別橋。2万5千分1地形図「小頓別」(昭和57年修正測量)を約3.2倍に拡大
事業該当箇所の航空写真(稚内建設管理部提供)。
写真A・事業着手前の航空写真。点線で示した箇所が新しい水路である。市街地からやや離れた、北側を流れるよう選定された(稚内建設管理部提供)。
写真5。あゆみ橋より、一般国道275号の中頓別方面を見る。1993年。
写真5。道道のあゆみ橋から、頓別川と一般国道275号の中頓別方面を写す。市街地を流れていた頓別川は趣があった。1993年5月1日撮影。撮影地 枝幸郡中頓別町字小頓別
写真6。あゆみ橋より、一般国道275号の中頓別方面を見る。2006年。
写真6。流路変更により、旧河道は埋め立てられた。暗渠管を通してある。画面奥、小頓別橋より下流の旧河道は埋めていない。2006年10月5日撮影。Pimaさんの記事にある2017年6月撮影の写真では草に覆われており、一見して河川跡とは分からぬ風景となった。撮影地 枝幸郡中頓別町字小頓別
写真7。頓別川新河川敷。落合橋より下流側を見る。
写真7。頓別川新河川敷。喜楽橋より下流側を見る。橋名の由来は不明だが、小頓別地区に「気楽町」があったという。JR天北線の廃線跡を利用している。2006年10月5日撮影。撮影地 枝幸郡中頓別町字小頓別

小頓別の集落を流れる頓別川は、国道の小頓別橋(写真5・6▲)から枝幸音威子府線の新導橋まで、山の斜面と住宅地に挟まれていました。

1997年8月に発生した洪水がきっかけとなり、対策の検討に入ります。従来の水路を拡げるには敷地が狭いため、新しい水路を掘削することになりました。延長は 960m で、落合橋下流から新川橋(図1の右端に架かる国道の橋)下流まで。10年に1度の割合で起こりうる洪水に対応した、1秒当たり110立方メートルの水量を想定して計画されました。

稚内建設管理部が事業を担当しました。頓別川は北海道管理の2級河川です。

新水路はJR天北線の廃線跡が主に使われ、2000年度着工、2005年度に完成しました。鉄道の廃止がなければ、陽の目を見なかったかもしれません。一方、小頓別駅周辺の天北線廃線跡はほぼ消滅しました。

水路変更後、国道の落合橋付近から小頓別橋手前までの旧河川が埋め立てられます。

写真8。頓別川旧河川敷・上流側。
写真8。埋め立てて間もないのだろう。むき出しの土が生々しい。2006年10月5日撮影。撮影地 枝幸郡中頓別町字小頓別
写真9。頓別川新河川敷。落合橋より下流側を見る。
写真9。国道の落合橋より、頓別川新水路下流を望む。JR天北線が通っていたとは思えない景観になった。2006年10月5日撮影。撮影地 枝幸郡中頓別町字小頓別
写真家の亀畑清隆氏は著書『北海道 廃線駅跡写真集』(柏艪舎刊。2006年)の72ページで、あゆみ橋から見た頓別川の印象を、写真に添えて記しています。

駅跡は公園になっていて昔の面影はないのだが、町の様子は変わっていなかった。フランスの片田舎を思わせるとても可愛い町のイメージは、昔ツーリングやバイクのレースで通った時と同じだ。

亀畑氏が2005年8月17日に撮影した際は写真5▲と同様の風景が残っていました。旧河川の埋め立てはその後、2005年度から2006年度にかけて実施されます。中頓別町の2005年度決算説明資料よりますと、3,041万円の費用で排水用の暗渠管を敷設しました。

頓別川とあゆみ橋

短距離道道ながら、小頓別停車場線には全長 11m の「あゆみ橋」が架かります。1989年5月1日にJR天北線が廃止されてのち、1990年12月に完成しました。道道起点付近のロータリーやバス停留所・待合室の使用開始も同時と思われます。転換バスの運行当初、宗谷バスの小頓別停留所は国道の小頓別橋手前にありました。

それまで、1962年完成の駅前橋が架かっていました。幅員は 7.5m で、歩道は設置されていません。対してあゆみ橋は路側帯を含む車道 7.5m、両方向に 3.5m ずつ歩道を設けました。天北線廃止前にも駅前橋を渡るバスの便はありましたが、転換バスの運行で増便されるのを考慮し、歩行者の安全を図ったのでしょう。

さて、これだけ大規模な改築を施したから当然告示があるだろうと、1989年から1991年までの北海道公報を入念に調べました。しかし残念ながら、該当する告示はありませんでした。1961年3月31日の認定以来、小頓別停車場線の区域に関する告示は1度だけです。

1966年2月26日北海道告示第347号(道路の区域の決定)
区間敷地の幅員延長国道等との重複区間
枝幸郡中頓別町字小頓別(国鉄用地界)地先から
枝幸郡中頓別町字小頓別(道道浜頓別常盤線交点)地先まで
8.40m から 8.40m まで54.38m
告示注
  • 道道浜頓別常盤線は1971年10月21日浜頓別音威子府線へ路線名を変更し、1982年4月1日より一般国道275号へ昇格した。
  • 「常盤」は音威子府村の旧村名で、1963年4月1日改称。

少なくとも道路の拡幅は間違いなく、公示内容と一致しないことは明らかです。今からでも遅くないので、区域変更と供用開始を告示するのが妥当でしょう。2018年4月1日現在の橋梁現況調書では、橋名が「エキマエバシ」で築造年次が昭和37年となっています。その他の項目は、あゆみ橋のデータが記載されています。

頓別川旧水路の埋立てにより、あゆみ橋は役割を失ってしまいました。

写真10。あゆみ橋の街灯柱にある道道400号の表示。2006年。
写真10。街灯柱の表示。「00.045L」は延長であろう。沿線6か所の街灯柱に共通して見られる表示は、小頓別停車場線の存在を示す何よりの証しである。2006年10月5日撮影。撮影地 枝幸郡中頓別町字小頓別
写真11。今はないヘキサ標識。1993年。
写真11。あゆみ橋を渡り、起点近くの起点方向車線に、道道標識が立てられていた。現在は撤去され存在しない。1993年5月1日撮影。撮影地 枝幸郡中頓別町字小頓別
参考文献(本文掲載以外)
  • 『中頓別町史』(1997年5月発行)
  • 『鉄道ジャーナル』(1989年9月号。104ページ~108ページ)
  • 写真提供をご快諾いただいた、北海道宗谷総合振興局稚内建設管理部様に感謝申し上げます。
探訪記録

まいまいとぐるり 橋巡り~より。

旅鴉さんのブログより(2010年5月29日)。