豊富浜頓別線終点史・後編

消えた跨線橋、道路網再構築で再び市街へ

本文画像に関する注意事項を表示 本文画像に関する注意事項を隠す
  • 写真+数字(写真1、写真2…)
    • PCの場合、クリックすると拡大表示します。
    • タブレット端末・スマートフォンの場合、写真全体を表示します。デバイスの表示サイズにより、拡大されたり縮小されたりします。
    • いずれのデバイスでも、写真の下部に簡単な説明を表示します。
    • 右上部のバツ印、または画面の適当な場所をクリックすると、元に戻ります。
    • クリックしても拡大されない写真は、その点を注記します。
  • 地形図
    • 倍率は、PCで表示した場合を基準としています。
    • タブレット端末やスマートフォンで横幅が 400px を下回る時、記述の倍率と異なる場合があります。
    • 横または縦の長さが 400px を超える地形図の場合、サイズを記述します。最大長のサイズを下回るデバイスでは縮小され、記述の倍率と異なります。
2万5千分の1地形図「浜頓別」(昭和62年改測・平成3年部分修正測量)。約1.6倍に拡大。
図3。天北線廃止間もない頃の浜頓別市街。2万5千分1地形図「浜頓別」(1987年改測・1991年部分修正測量)を約1.6倍に拡大。
2万5千分の1地形図「浜頓別」(平成20年更新)。約1.6倍に拡大。
図4。鉄道で分断されていた道路網が一変した。2万5千分1地形図「浜頓別」(2008年更新)を約1.6倍に拡大。

前編では鉄道廃止前の経緯に触れました。その後の経過を記述します。

浜頓別市街はJR天北線によって分断されてきました。市街地の東西を結ぶ道路は、一般国道275号のほか町道1本のみでした。

1989年5月1日の天北線廃止後、廃線跡の再開発と道路網の再編を図るため、浜頓別町は1992年に都市計画道路を策定します。

関連して実施されたのが、開発局による一般国道275号のルート変更と、道による豊富浜頓別線のルート・終点変更でした。

浜頓別跨線橋

天北線と興浜北線を一度にまたぐ橋の完成は1969年10月15日、橋長 143.0m・幅員 11.3m です。完成以前は、跨線橋の下に位置する踏切で交差していました。

同年に天北線浜頓別駅が新築され、山軽駅が無人化されました。また初めて、浜頓別市街の町道が一部舗装されました。

広田尚敬著『蒸気機関車たち』(ネコ・パブリッシング刊)の97ページに、1974年に撮影された浜頓別跨線橋の一部分が掲載されています。

浜頓別道路

「浜頓別道路」とは国道の事業名です。

旧浜頓別駅付近まで直進し、右折して大通を進むルートへ改良しました。道立上川農業試験場天北支場から浜頓別高校にかけての既存区間では、音威子府に向かう車線を拡幅し、歩道・街灯を設置しました。浜頓別跨線橋は解体されました。

写真4。一般国道275号の新ルート。
写真4。一般国道275号の新ルート部分。統一されたデザインの街路灯が並び、整えられた印象を受ける。2008年5月12日撮影。撮影地 枝幸郡浜頓別町緑ケ丘3丁目
写真5。廃線跡に造成された浜頓別町アメニティ公園。
写真5。廃線跡に造成された浜頓別町アメニティ公園。JR天北線や国道の跨線橋がここに立地していたとは、もはや想像できない。2008年5月12日撮影。撮影地 枝幸郡浜頓別町中央南

該当する告示とその内容を表にまとめました。すべて建設省告示です。

表1 浜頓別道路の経過
年月日告示番号事業内容
1995年5月31日第1208号新ルートが国道に編入される。一部は浜頓別町道中央大通線と重複。
1997年10月6日第1765号跨線橋解体工事のため、町道緑ケ丘線を利用した仮道設置。
1997年10月6日第1766号跨線橋接続部分を除き、新ルートを供用開始。
1998年4月1日第1091号跨線橋の解体終了。残る旧ルートは町道へ移管。新ルートの全面供用開始。仮道廃止。

旧跨線橋の下から町立図書館までの廃線跡は、浜頓別町アメニティ公園として整備され、1999年より供用開始しました。変貌は劇的で、15年ぶりに現地を訪ねた筆者は目を疑いました。新ルート沿いのセイコーマート前を通りかかったおばあさんに尋ねてみると、写真5の付近に跨線橋があったという話でした。

白鳥大通

写真6。白鳥大通の標識。
写真6。都市計画道路・白鳥大橋を示す標識。撮影場所は、旧JR天北線浜頓別駅構内にあたる。左手に見える建物は浜頓別町多目的アリーナで、1992年10月29日に完成した。2008年5月12日撮影。撮影地 枝幸郡浜頓別町中央北
写真7。道道豊富浜頓別線の終点。
写真7。道道豊富浜頓別線の終点。こちらも街路灯のデザインが統一されている。カラー舗装された歩道も同様だ。立派な役場が左手に建っている。2008年5月12日撮影。撮影地 枝幸郡浜頓別町中央南
写真8。道道豊富浜頓別線の標識。
写真8。街灯と豊富浜頓別線の道道標識。「戸出」(といで)は、字名改正以前に住民基本台帳・戸籍上で使用された字名。写真の標識は、道北に広く見られるタイプ。2008年5月12日撮影。撮影地 枝幸郡浜頓別町中央南

「白鳥大通」とは都市計画道路名で、クッチャロ湖畔へ通じるT字路交差点から豊富浜頓別線終点までがその一部です。なお一般国道275号浜頓別道路のうち、右折する交差点までは「天北大通」、現ルート供用に伴い移管された豊富浜頓別線の旧道は「ラムサール通」(注1▼)の都市計画道路名が付いています。

道道のルート変更は、浜頓別町の要望によるものです。

町道中央大通線と同クッチャロ湖3号線の一部が、1994年12月2日の北海道告示第1794号により道道へ編入されます。本格着工は1997年です。狭くて曲線があった町道中央大通線=白鳥大通を拡幅・直線化するとともに、クッチャロ湖畔と緑ケ丘6丁目の境界上に道路を新設しました。新ルートの全面供用開始は2001年10月3日(注2▼)、同年10月26日より終点を切り替えています。道道と国道の交点付近には、浜頓別町役場が新築移転しました。

浜頓別町の都市計画では市街地を外周する環状線が計画されており、一部開通しています。

おわりに

一般国道275号と豊富浜頓別線のルート変更等により、浜頓別市街の東西の行き来は格段に向上しました。浜頓別町アメニティ公園が造成され、周囲の景観は見違えるようです。と同時にこれら事業は、浜頓別市街地から鉄道の面影を消し去ることでもあったのです。

注1
「ラムサール」はラムサール条約を指す。水鳥の生息地等として重要な湿地を指定し、動植物の環境保全を図る。クッチャロ湖は1989年に指定。白鳥の飛来地として有名。
注2
2001年9月28日北海道告示第1648号。「道路の供用を平成13年10月3日に開始する」との但し書きがある。

関連する告示

一般国道275号

1998年4月1日建設省告示第1091号(道路の区域の変更)
区間枝幸郡浜頓別町字頓別154番7から
同町字頓別154番200まで
変更前後別敷地の幅員延長
前A12.00m ~ 73.50m0.595km
前B20.00m ~ 58.00m0.668km
後B20.00m ~ 58.00m0.668km
備考上記A及びBは、関係図面に表示する敷地の区分をいう。
告示注
  • 新ルートの完成に伴い、解体した跨線橋経由のルートを町道に降格した。
  • 跨線橋解体工事中に使用した仮道は、浜頓別町へ返還している。
  • 浜頓別町は2002年12月2日、浜頓別市街の字名地番改正を実施した。緑ケ丘4丁目から中央南までに相当する。

道道豊富浜頓別線

2001年10月26日北海道告示第1800号(道路の区域の変更)
区間変更前後の別敷地の幅員延長国道等との重複区間
枝幸郡浜頓別町字頓別154番2地先から
枝幸郡浜頓別町字頓別154番771地先(一般国道275号交点)まで
前123.00m から 58.00m まで826.14m一般国道275号重複 L = 12.00m
枝幸郡浜頓別町字頓別154番2地先から
枝幸郡浜頓別町字頓別154番1893地先(一般国道275号交点)まで
前220.00m から 77.50m まで1,491.22m一般国道275号重複 L = 22.50m
同上後220.00m から 77.50m まで1,491.22m一般国道275号重複 L = 22.50m
告示注
  • 終点位置を現地点へ変更した。
  • 字名改正後の地名では、区間の始まりがクッチャロ湖畔に所在する。
参考文献
  • 『北海道における鋼道路橋の歴史(資料編)』(北海道土木技術会鋼道路橋研究委員会。1982年12月発行)
  • 『浜頓別町史』(1995年3月30日発行)