北の点線道道・伊文政和線 前編

はじめに

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写真1。通行不能を知らせる標識。
写真1。終点から 100m ほど進むとゲートがあり、その先に伊文へ通り抜けできないことを知らせる標識が立っている。なお2009年の支庁再編に伴い、幌加内町の管轄は旭川建設管理部へ移った。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一

士別市温根別町伊文と幌加内町政和を結ぶことになっている伊文政和線は、幌加内町の一部区間が開通しているに過ぎません。

開通区間を写真でご紹介するほか、本稿では次の点を記述します。

  1. 通行可能区間の改良
  2. 未供用区間を含めた、ルート全体の概要
  3. 道道認定に至る経緯と昇格後の動き

参照文献の関係上、幌加内町側に情報が偏る点をご了承ください。

通行可能区間と改良

終点から供用区間起点まで

写真2。冬期閉鎖のゲート。
写真2。国道交点から 50m ほど進むとゲートである。2010年は10月28日11時より冬期通行止めとなった。時期は前後するが、例年10月下旬~4月中旬に閉鎖される。国道交点そばに旧JR深名線の踏切があり、幅員が狭くなっていた。廃線後に踏切跡は拡幅され、痕跡もない。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一
写真3。政和四線を直角に曲がる。
写真3。国道交点から約 550m 、最初のカーブが現れる。十字路は道道が優先になっている。直進は町道政和四線、左折は町道政和東一番線で、いずれも1車線幅の未舗装。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一
写真4。右折後の風景。
写真4。右折後は 800m ほど直線が続く。道道昇格当時、沿線には僅かながらも家屋や廃屋・倉庫が点在していた。現在はすべて取り壊されたり崩壊したり、畑だけが広がっている。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一
写真5。政和橋へのカーブ。
写真5。右に町道が分岐すると幅員が狭くなり、左へカーブを切る。道道昇格当時は現在よりも上流に政和橋が架けられており、急曲線を描いていた。痕跡は自然に還っている。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一
写真6。緩い上り勾配。
写真6。政和橋まで緩い勾配が続く。撮影時、ガードロープは用をなしていない状態だった。冬に備えて一部を外したと思われる。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一
写真7。政和橋を渡り終える。
写真7。政和橋を渡ると右へカーブする。ここでも、ガードロープが緩められている。左前方のサイロが残存する最後の建造物だ。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一
写真8。右カーブの先。
写真8。カーブを切るとガードロープが途絶え、 50m あまり進むと舗装も途絶える。砂利道に入って間もなく、転回スペースがある。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一
写真9。
写真9。転回スペースから終点方向を見る。これより奥、起点方向に転回場所はない。一般車両が問題なく入れるのはここまでのようだ。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一

未供用区間の入口

写真10。五間橋手前のカーブ。
写真10。転回スペースを過ぎると、曲線半径 40m の右カーブを曲がる。路肩の草も刈られ、路面状態は良い方といえよう。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一
写真11。五間橋。
写真11。伊文越沢川に架かる五間橋は「ごけんばし」と読み、橋長 8.5m・幅員 3.0m・車道 2.5m で1969年完成のHBB鋼桁橋である。幌加内町が総工費110万円で建設、既存の橋を架け替えた。申し訳程度の欄干があり、周囲は白樺が生えている。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一
写真12。水たまりがあり、これ以上進むのを断念した。
写真12。五間橋を過ぎ、曲線半径 25m で左へ曲がると水浸しだった。その先には個人所有の土地もあり、人の手が入っていたようである。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一

2019年4月の状況。3枚目の写真に注目したい。転回スペースより先は、通行不可にしているのだろう。

雨竜川改修、政和橋架け替え

5万分の1地形図「幌加内」(昭和59年修正)。約1.3倍に拡大。
図1。政和周辺の雨竜川は屈曲している。5万分の1地形図「幌加内」(1984年修正)を約1.3倍に拡大。
5万分の1地形図「幌加内」(平成8年第2回編集)。約1.3倍に拡大。
図2。緩やかな流路に改良された雨竜川。5万分の1地形図「幌加内」(1996年第2回編集)を約1.3倍に拡大。
写真13。大学四号へ通じる道。
写真13。雨竜川左岸は以前、居住者がいた。政和第四自治区と称し、農地が 100 ヘクタールほどあったという。雨竜川が改修された現在、居住者はいない。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一

1922(大正11)年に木橋として完成した政和橋は、当時の幌加内村で雨竜川に架けられた初の橋梁です。

1933(昭和8)年に一度架け替えられ、1948年に破損したため吊り橋へ改修されました。その後1960年に総工費320万円を投じ、新たな吊り橋に架け替えられます。7月1日着工、10月24日に竣工した橋は全長 78m・幅 2.5m で、荷馬車が通行できる強度を備えていました。雨竜川の東側、図1や図2で「大学四号」の表記がある政和第四自治区で暮らす人は一時、100名を超えていました。

表1 政和第四地区の国勢調査による人口
西暦年世帯数人口
合計男性女性
195028176不明不明
1955191326963
1960181236459

政和第四自治区は1964年1月、対岸の政和第一自治区へ統合されました。同年12月、政和地区の大学演習林農地が関係農家12戸に解放されています。

国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より。
写真A・1978年7月21日撮影。伊文政和線の沿線や「大学四号」地域に家屋が残っていた。三日月湖の痕跡もみられる。国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より引用。解像度 400dpi の写真をトリミング・42%に縮小。元画像の縮尺は1万5千分1。
国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より。
写真B・2001年6月16日撮影。雨竜川改修に伴って政和橋が架け替えられ、左岸沿いの町道も付け替えられた。国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より引用。解像度 400dpi の写真をトリミング。縮尺は4万分1。

政和橋はその後、1975年に幌加内町が470万円をかけて改修したものの老朽化し、強度が時代にそぐわなくなっていました。

幌加内町は、政和橋の架け替えを北海道へ要望します。1980年代から始まった雨竜川の政和地区流路改良事業に合わせ、1981年には地質調査が行われます。1982年3月の町議会で、新しい橋の位置が決まる見込みと当時の町長は報告しました。

雨竜川の改修が優先された影響で、政和橋の工事は1991年より開始されます。1992年は上部を製作し、1993年に架設・舗装工事を行いました。旧橋よりも下流側に架設されています。

写真14。
写真14。現在の政和橋は橋長 148.1m・幅員 5.0m・車道 4.5m で、1993年完成の鋼単純鈑桁橋である。竣工から四半世紀が経過し、橋台・橋脚の修繕や塗替塗装が計画されている。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一
写真15。政和橋銘板。
写真15。政和橋の銘板。左上から時計回りに、起点方向川上右岸、終点方向川下右岸、川上左岸、川下左岸。2010年11月3日、YAMAさん撮影。撮影地 雨竜郡幌加内町字政和第一

関連する告示(道道伊文政和線)

1994年3月22日北海道告示第416号(道路の区域の変更及び供用の開始)
区間変更前後の別敷地の幅員延長国道等との重複区間
雨竜郡幌加内町字政和第一7944番地先から
雨竜郡幌加内町字政和第一5322番3地先まで
4.18m から 18.00m まで787.00m
同上8.00m から 28.20m まで751.00m
告示注
政和橋の架け替えと線形改良により、延長が短くなった。