恵庭岳公園線(2)-ダムをめぐる道の昔と今

段階的な道道切り替え

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2万5千分1の地形図「島松山」(昭和45年修正測量)。約0.85倍に縮小。
図3。ダム建設以前、道道は漁川の左岸を通っていた。2万5千分1地形図「島松山」(1970年修正測量)を約0.85倍に縮小。
2万5千分1の地形図「島松山」(平成9年部分修正測量)。約0.85倍に縮小。
図4。ダム湖右岸の高台へ付け替えた恵庭岳公園線。2万5千分1地形図「島松山」(1997年部分修正測量)を約0.85倍に縮小。
写真18。漁川ダム(えにわ湖)、1991年。
写真18。えにわ湖こと漁川ダム。1991年5月3日撮影。撮影地 恵庭市盤尻
表3 付け替えルートに架設した橋
橋名ふりがな橋長完成仮称
水精橋すいせいばし101.2m1976年漁川4号橋
木精橋もくせいばし235.8m1978年度架設漁川3号橋
金精橋きんせいばし53.3m1977年度架設漁川2号橋
土精橋どせいばし128.0m1976年度架設漁川1号橋

恵庭岳公園線が主要道道へ昇格したのは1982年で、それまでは光竜鉱山恵庭停車場線という路線名でした。

一般道道時代に行われた最大のルート変更は、漁川ダム(えにわ湖)建設に伴う切り替えです。

千歳川治水対策の一環として、支流の漁川(いざりがわ)上流にダムを建設する計画は、1952(昭和27)から1957(昭和32)年にかけて地質調査を実施したのが始まりです。このときは、工事費や地盤の問題から工事が見送られます。その後1962(昭和37)年から1973(昭和48)年まで再調査を行い、ダムの用途と規模を調整することで諸問題の解決にメドが立ち、1974(昭和49)年に着工されました。

ダム本体の工事に先立ち、光竜鉱山恵庭停車場線の付け替え工事が行われます。

周辺の森林は水源かん養保安林に指定されていました。道路・ダム建設のため、1974年から1979年の間に、約 78 ヘクタールの指定が解除されています。

工事は開発局が担当しました。下流部を先行して施工し、土精橋手前から東側が1975年10月より供用を開始します。この際、新ルートと旧道を連絡する仮道を設置しました(写真A)。引き続き建設された上流部は、落石・雪崩対策として延長96m と 380mの覆道を設けています。

漁川ダムは1980年4月7日より試験湛水を始め、同年5月8日に竣工式を挙行しました。旧道道の一部は、ダム下流の駐車場・桜公園へのアクセス路として活用されています。

国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より。
写真A・1976年10月5日撮影。漁川ダム建設現場。現道道は土精橋まで完成しており、その下を仮道が通っている。国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より引用。解像度 400dpi の写真をトリミング・66.7%に縮小。元画像の縮尺は1万5千分1。
写真19。土精橋の下をくぐる旧道道、2009年。
写真19。土精橋の東から分岐し、下をくぐる道。ダム建設の際、仮設道道として供用された。2009年10月1日撮影。2009年10月1日撮影。撮影地 恵庭市盤尻
2万5千分1の地形図「島松山」(平成9年部分修正測量)。約4倍に拡大。
図5。工事の過程で建設された仮設道道が残されている。2万5千分1地形図「島松山」(1997年部分修正測量)を約4倍に拡大。
表4 漁川ダムについて
目的水力発電・洪水調節・水道供給
堤高45.5m(ロックフィルダム)
水道恵庭・千歳・北広島・江別へ供給
貯水量1,530万立方メートル
事業費162億円(着工当初見込み93億円)
2万5千分1の地形図「島松山」(昭和45年修正測量)。約2.8倍に拡大。
図6。ダム建設後、周辺は桜公園・自由広場となる。2万5千分1の地形図「島松山」(1970年修正測量)を約2.8倍に拡大。
2万5千分1の地形図「島松山」(平成7年部分修正測量)。約3.5倍に拡大。
図7。旧道道の一部が転用されている。漁川に架かるのは火精橋。2万5千分1の地形図「島松山」(1997年部分修正測量)を約3.5倍に拡大。

関係する告示(道道光竜鉱山恵庭停車場線)

1977年7月28日北海道告示第2344号(道路の区域の変更及び供用の開始)
区間変更前後の別敷地の幅員延長国道等との重複区間
恵庭市盤尻国有林恵庭事業区4林班は小班地先から
恵庭市盤尻国有林恵庭事業区176林班は小班地先まで
7.50m から 17.00m まで2,847.37m
同上7.50m から 97.00m まで3,765.31m
告示注
ダム建設に伴い、土精橋までの仮道と新ルートへ切り替えた告示とみられる。実際の供用より、2年近く遅れて告示された。
1980年8月16日北海道告示第2097号(道路の区域の変更及び供用の開始)
区間変更前後の別敷地の幅員延長国道等との重複区間
恵庭市盤尻国有林恵庭事業区69林班ろ小班地先から
恵庭市盤尻国有林恵庭事業区174林班は小班地先まで
8.00m から 97.00m まで4,139.31m
同上11.20m から 95.50m まで3,177.00m
告示注
漁川ダム(えにわ湖)完成に伴い、水精橋から土精橋までのルートを切り替えた告示とみられる。

滝をめぐる旧道の旧道

2万5千分1の地形図「島松山」(昭和45年修正測量)。約1.4倍に拡大。
図8。ダム完成後と比べ、白扇の滝を通る林道のルートも若干異なっているほか、漁川・ラルマナイ川の流路も変わっているようだ。2万5千分1地形図「島松山」(1970年修正測量)を約1.4倍に拡大。
2万5千分1の地形図「島松山」(平成2年修正測量)。約1.4倍に拡大。
図9。漁川左岸を通る旧道道が残っている。2万5千分1地形図「島松山」(1990年修正測量)を約1.4倍に拡大。
写真20。ダムの土砂を取り除く工事の看板、2009年。
写真20。漁川左岸の旧道道は、ダムから取り除いた土砂を運搬するダンプカーの専用道路となっている。2009年10月1日撮影。撮影地 恵庭市盤尻

光竜鉱山恵庭停車場線に接続する林道も、付け替え工事が実施されました。白扇の滝へ至るラルマナイ林道も 630m が対象となり、ラルマナイ側左岸から右岸へルートを変更しました。施工は1978年です。

図8と図9を見比べると、林道だけでなくラルマナイ川の流路も変わっています。同時に工事した可能性も考えられますが、詳細は不明です。地形図通りだと、旧河川の上に道路を造った区間もあります。

ラルマナイ川に架かる橋を渡って漁川左岸を下る道は、旧道道です。この道路は、堆積した土砂をダムから取り除き、それを運搬するダンプカーが頻繁に行きかうため、立ち入りできませんでした(写真20)。旧道道の橋は、水精橋東の覆道からよく見えます。

ラルマナイ川沿いの道は、20年の間に2度も切り替えたのです。

参考文献
  • 『北海道新聞』(すべて朝刊。1997年10月7日・1997年10月8日・1999年4月21日・1999年4月27日)
  • 『漁川ダム工事記録』(北海道開発局石狩川開発建設部監修。1981年3月30日発行)