札幌沼田線(現・一般国道275号)の告示に出ている地名を調べる過程で、興味深い発見がありました。
北竜町に「北竜」という字名がありません。沼田町に字北竜があります。なぜでしょう。
結論から書くと、かつて字北竜は北竜村(当時)に属していたのです。
関係する町村の歴史を、表にまとめました。
| 年月日 | 周辺市町村の動き |
|---|---|
| 1892(明治25)年 | 雨竜郡に雨竜村を設置。 |
| 1899(明治32)年5月27日 | 雨竜村より、北竜村を分村。現在の沼田町字北竜に役場を設置。 |
| 1914(大正3)年4月1日 | 北竜村より、上北竜村を分村。役場所在地は現在と同じ。 |
| 1915(大正4)年4月1日 | 一已村より、多度志村を分村。 |
| 1918(大正7)年4月1日 | 多度志村の一部を、上北竜村へ編入。 |
| 1918年4月3日 | 上北竜村より、幌加内村を分村。 |
| 1922(大正11)年4月1日 | 上北竜村を沼田村へ改称(開拓の礎を築いた沼田喜三郎に由来する)。 |
| 1943(昭和18)年4月1日 | 北竜村の恵比島・北竜地区を沼田村へ編入し、沼田村の一部を多度志村へ編入。 |
| 1944(昭和19)年12月17日 | 北竜村役場を和(やわら)地区に移転新築(左記日付は落成式の挙行日)。 |
| 1947(昭和22)年7月1日 | 沼田村、町制施行。 |
| 1959(昭和34)年9月1日 | 幌加内村、町制施行。 |
| 1961(昭和36)年9月1日 | 雨竜村・北竜村、町制施行。 |
| 1962(昭和37)年5月1日 | 多度志村、町制施行。 |
| 1970(昭和45)年4月1日 | 深川市が多度志町を編入。 |
図1・沼田町と北竜町境界付近の地図。マーカーをクリックすると、該当地点の情報を表示します。 北竜市街を拡大 五ヶ山駅跡を拡大 初期画面へ
図2・図3は1970年代です。「北竜第一」の南を通る行き止まりの道は旧国鉄札沼線北竜駅へ通じていました。「北竜第三」のすぐ南を通る道道奥美葉牛沼田線と道道峠下沼田線が交差する付近に、同線の五ヶ山駅がありました。奥美葉牛沼田線の終点が現在地になったのは1974年です。
札沼線と立体交差していた一般国道233号の跨線橋は、廃止後に撤去されました(ストリートビューで見る▲)。道の駅「サンフラワー北竜」付近に踏切があって、その南東に中ノ岱駅がありました。
雨竜村より北竜村を分村した頃、村の中心は北竜地区にあり、留萌・札幌を結ぶ交通の要衝でもありました。ところが、鉄道(留萌本線)が沼田経由で開通(1910年=明治43年)すると、中心が沼田地区へ移ります。そこで役場を沼田へ移転する運動が起こり、協議の末に分村が決まりました。
その際、幌新太刀別川を両村の境界に定めます。この結果、恵比島の市街地や北竜は引き続き北竜村に属することとなり、北竜村役場も北竜地区に置かれていました。
1938(昭和13)年から、北竜村役場の移転問題が浮上します。老朽化し、村北端の小集落にある役場を、経済の中心地である和地区・地理の中心である碧水地区へ移転すべきとする意見が出はじめ、同年の村議会では2月に北竜、5月に和、7月に碧水を新庁舎の位置とする議決がなされました。しかし2月の議決は、周辺集落から改築費用の不足分4,000円の寄付を求める内容に北竜地区住民が反発してお流れとなり、ほかは強行採決であるとして空知支庁が認めず、翌1939(昭和14)年7月の議会で碧水移転を決めた議決も、同様の理由で空知支庁は却下します。
1940(昭和15)年になり、恵比島地区住民から沼田村編入の陳情書が提出されます。北竜より沼田への結びつきが大きいため出た要望です。これに連動して、北竜地区住民からも沼田村編入を求める動きが出てきました。
1942(昭和17)年、北竜村は恵比島と北竜の沼田村編入を議決し、役場は和へ移転することで決着を見ました。
沼田町に「北竜」の地名があるのは紛らわしいとして、北竜町が字名変更を沼田町へ要請したものの、北竜地区住民は拒否し、現在に至りました。『北海道地名大辞典』によると、北竜は雨竜の北にあるのが由来とされています。
和へ移転当初、北竜村役場は産業組合の事務所を仮庁舎としていました。
新庁舎建設は難航します。戦争末期ゆえ新築用木材は入手できず、後志支庁の島野村(1955年=昭和30年4月1日、岩内町と合併)から、鰊(にしん)御殿の建物を移転・改築することになりました。
ところが「不要不急の事業である」として、建築用物資配給統制協議会が早急な資材の移送・配給を認めなかったのです。1943(昭和18)年7月14日に着工した新庁舎の竣工は、同年10月末の予定が遅れに遅れ、翌1944(昭和19)年11月15日までずれ込みました。
北竜村が町へ昇格する際、町名を「北竜」と「和」のどちらにするかで意見が二分されました。「和町」派は沼田町字北竜との紛らわしさや町名と役場所在地名の一致などを訴え、「北竜町」派は伝統と知名度、名称変更による各種団体の負担増、「和」の読みの難解さなどを主張し議論はまとまらず、住民投票を実施する案も調整が上手くいかず時間切れを迎え、北竜のまま町制施行しました。
沼田町字北竜を終点とする道道に、奥美葉牛沼田線があります。認定時に定めた起終点は次の通り。
さて、北竜町の字名に「美葉牛」はありますが「奥美葉牛」はありません。
1969年1月1日実施の字名改正により、奥美葉牛は美葉牛の一部となります。数多い字名を整理し、地区名と字名の一致を図る目的で字名改正は実施されました。
| 認定 | 1962(昭和37)年8月1日 |
|---|---|
| 起点 | 雨竜郡北竜町字美葉牛80番4地先(一般国道233号交点) |
| 終点 | 雨竜郡沼田町字北竜964番3地先(一般国道275号交点) |
| 備考 | 総延長 6.7km で、全線舗装・整備済み。4.6km は冬期通行止め。北竜町に 1km の除雪を委託。 |
| 字の 名称 | 字の区域 | |
|---|---|---|
| 旧字名 | 区域 | |
| 碧水 | 恵岱別、ビバウシ | 各字の一部 |
| 長道路、古作、碧水七戸地、渡辺農場古作 | 各字の全部 | |
| 岩村 | 沼田、ビバウシ、美葉牛、一ノ沢 | 各字の一部 |
| 一の沢、岩村一の沢、ビバウシ一の沢 | 各字の全部 | |
| 西川 | 恵岱別、ビバウシ、一ノ沢 | 各字の一部 |
| ペンケポロマップ御料地、小豆沢、小豆沢中の沢、小豆沢更新、小豆沢本流、ビバウシ小豆川、小豆沢開拓地、小豆川、小豆川支線、ビバウシ小豆沢、小豆沢農園 | 各字の全部 | |
| 板谷 | 恵岱別、ビバウシ | 各字の一部 |
| 渡辺農場、渡辺、板谷原野、板谷川端、板谷原野開拓地、板谷農場 | 各字の全部 | |
| 三谷 | 和、恵岱別、ビバウシ | 各字の一部 |
| エタイベツ、ペンケ、弁慶沢、三谷ペンケ、ペンケチラウシナイ御料地、三谷農場、パンケチラウシナイ御料地、恵岱別ペンケ御料地、弁慶沢開拓地 | 各字の全部 | |
| 竜西 | 恵岱別 | 各字の一部 |
| 恵岱別御料地、恵岱別御料地本通、恵岱別御料地北本通 | 各字の全部 | |
| 字の名称 | 変更(編入)する字名 | 区域 |
|---|---|---|
| 和 | 恵岱別 | 字の一部 |
| 和市街地、和培本社、和川端、和鉄道用地 | 各字の全部 | |
| 美葉牛 | ビバウシ、沼田 | 各字の一部 |
| ポロニタチベツ、ホロニタチベツ、恵比寿、奥美唄牛、奥美葉牛炭鉱農地、奥美葉牛御料地、美葉牛炭砿農場、奥美葉牛、美唄牛、ビバウシ御料地、ビバウシ御料地一の沢、菊恵、美葉牛炭鉱農地、ビバウシ炭鉱農地、ビバウシ炭砿東、ビバウシ本通、奥ビバウシ、美葉牛本通、奥ビバウシ御料地、吉田農場、奥ビバウシ炭砿農場 | 各字の全部 | |
| 恵岱別 | 恵岱別中村農場、中村農場 | 各字の全部 |
奥美葉牛沼田線の起点は字奥美葉牛か、奥美葉牛(奥ビバウシ)を冠する字名だったのでしょう。
なお、旭川と留萌を結ぶ道北バス・沿岸バスの路線に「奥美葉牛」バス停があるほか、和と美葉牛を結ぶ北竜町のスクールバスにも「奥美葉牛」バス停があり、その位置を「北竜町字美葉牛126番7地先」としています(位置は、ストリートビューで表示した場所▲と思われます)。
札幌沼田線の開発道路指定区間の告示で、一般国道233号交点が「北竜町字恵岱別」なのは誤りではないかと考えました。表2で、字名改正以前の恵岱別に碧水が含まれていた点から、あながち間違いでもなさそうです。
現在の字恵岱別は恵岱別川沿いの狭い区域で、一般国道275号は通りません(増毛稲田線が通る)。恵岱別川対岸の雨竜町にも字恵岱別があり、こちらは一般国道275号が経由します。