「開発道路」という用語は、一般的に不動産や建築で使われます。
詳細は、関係法律等をご参照ください。
本稿で記述する開発道路の定義は、上記と異なります。
本稿では、2について説明します。
開発のために特に必要と認めた路線の全区間または一部区間を、国土交通大臣が指定します(道路法施行令第32条第1項・第3項)。
指定に際し、国土交通大臣は道知事の意見を聴きます(道路法施行令第32条第2項)。
開発道路に指定された道路の管理は、国(北海道開発局)が北海道または市町村に代わって行います。管理の内容は、新設・改築(改良)・維持・修繕・災害復旧です。指定路線によっては、これら管理をすべて実施するとは限りません(道路法第88条第2項、道路法施行令第33条・第34条)。
「開発のために特に必要と認め」る基準は、次の文書により定めています。
基準は大きく4つに分けられ、通達では6つに分類しています。
開発道路の建設・維持には国の補助があります。その割合の歴史を表1にまとめました。単位はパーセントです。
| 番号 | 政令 | 施行年月日 | 補助割合 |
|---|---|---|---|
| 1 | 第479号 | 1952年12月4日 | 100 |
| 番号 | 政令 | 施行年月日 | 新設・改築 | 除雪事業 | 維持・修繕等 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2 | 第90号 | 1971年4月1日 | 100 | 90 | 80 |
| 3 | 第145号 | 1972年5月1日 | 95 | 90 | 80 |
| 番号 | 政令 | 施行年月日 | 新設・改築(建設) | 新設・改築(維持) | 除雪事業 | 維持・修繕等 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 4 | 第120号 | 1978年4月5日 | 95 | 90 | 90 | 80 |
| 5 | 第80号 | 1980年4月5日 | 95 | 90 | 90 | 75 |
| 番号 | 政令 | 施行年月日 | 新設・改築(建設) | 新設・改築(維持) | 除雪事業 | 施設整備イ | 施設整備ロ | 維持・修繕等 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 6 | 第63号 | 1981年4月1日 | 90 | 85 | 85 | 85 | 70 | 70 |
| 7 | 第133号 | 1985年5月18日 | 80 | 75 | 85 | 75 | 65 | 65 |
| 8 | 第154号 | 1986年5月8日 | 80 | 75 | 85 | 75 | 65 | 65 |
| 9 | 第98号 | 1987年4月1日 | 75 | 70 | 85 | 75 | 65 | 60 |
| 10 | 第98号 | 1991年4月1日 | 80 | 75 | 85 | 75 | 65 | 65 |
| 11 | 第94号 | 1993年4月1日 | 80 | (削除) | 85 | (削除) | 66.7 | 70 |
表1で分かるように、当初は国が全額負担していました。その後、国が負担しない分を北海道または市町村が負担することになりました。なお、建設・改築の国負担率が95パーセントに減った1972年、市町村道の開発道路はすべて道道に昇格しました。市町村の負担を軽減する狙いかと思われます。
| 指定路線名 | 最終路線名 | 区間 | 解除年月日 |
|---|---|---|---|
| 札幌根室線 | 花咲港線 | 全線 | 1973年9月10日 |
| 入舸岩内線 | 古平積丹神恵内線 | 全線 | 1982年4月1日 |
| 倶知安入舸線 | |||
| 入舸余市線 | |||
| 函館臼尻森線 | 同左 | 一部 | 1970年10月1日 |
| 尾札部戸井函館線 | 同左 | 全線 | 1970年10月1日 |
| 八雲熊石線 | 同左 | 一部 | 1982年4月1日 |
| 今金八雲線 | 八雲今金線 | 全線 | 1983年4月1日 |
| 長万部東瀬棚線 | 同左 | 一部 | 1970年10月1日 |
| 倶知安喜茂別線 | 同左 | 全線 | 1970年10月1日 |
| 札幌沼田線 | 美深北竜線 | 全線 | 1975年9月9日 |
| 浜頓別常盤線 | 浜頓別音威子府線 | 全線 | 1982年4月1日 |
| 遠軽上湧別線 | 上湧別留辺蘂線 | 全線 | 1975年9月9日 |
| 遠軽留辺蘂線 | |||
| 釧路弟子屈線 | 同左 | 一部 | 1982年4月1日 |
| 中標津標茶線 | 同左 | 全線 | 1982年4月1日 |
| 中標津標津線 | 同左 | 全線 | 1970年10月1日 |
| 白糠本別線 | 同左 | 全線 | 1982年4月1日 |
| 網走小清水弟子屈線 | 同左 | 全線 | 1982年4月1日 |
| 遠軽上川線 | 同左 | 全線 | 1975年9月9日 |
| 生田原上佐呂間留辺蘂線 | 留辺蘂浜佐呂間線 | 一部 | 1978年3月31日 |
整備費用を国が全額負担することから、当初は市町村道を中心に多数の路線が指定されました。
1960年代後半以降から、新規指定は減少します。1975年以降は、ほぼ年に1本ずつ指定されました。
1989年の増毛当別線が、最後の新規指定路線です。
2004年から2006年にかけて、工期の長期化や費用対効果の見直しで13本の指定を廃止し、5路線が最後まで残りました(名寄遠別線・富良野上川線・美唄富良野線・北進平取線・北檜山大成線)。
道州制特別区域における広域行政の推進に関する法律(通称・道州制特区推進法。平成18年法律第116号。2006年12月20日公布。2007年1月26日施行)第7条第2項第4号のハの規定により、開発道路の事業内容を計画・実施する権限が北海道へ移譲されました。
国が負担する費用の割合は変わりません。道の計画に対して、国から交付金を出す形になります。2009年5月22日の国土交通省告示第569号で、北海道の開発道路が対象に指定されました。2010年度から実施され、同年4月1日付で開発道路指定廃止の告示が公布されました。
北海道の道路整備に大きな貢献を果たしてきた開発道路制度は、実質の幕を下ろしました。